介護施設における労働災害事例(横浜地裁平成25年9月26日判決)

第1 事案の概要

老人ホームにおいて居宅介護支援事業を営む会社(被告)にケアマネージャーとして勤務していたAが死亡しました。Aの遺族(原告)は、Aが死亡したのは過重労働のせいであると主張し、会社には安全配慮義務違反があるとして不法行為責任及び債務不履行責任追及の訴えを提起しました。本件で争点となったのは①Aの労働とA死亡の間に因果関係が肯定できるのか、②会社側の安全配慮義務違反は認められるのか、などである。

第2 当事者の主張
1 原告(遺族)側の主張

  • (1) まず、Aの勤務時間は午前8時45分から午後11時でることが日常的で、A死亡前6ヶ月間の実労働時間の合計は1400時間、1ヶ月あたり233時間を超える過大なものであった。さらに、時間外労働時間は1ヶ月平均で113時間あり、年次有休休暇を取得して合計7回(49時間)にわたりケアマネージャーの研修を受講する強制させられたが、その分の給与は支払われていない。また業務内容としても、実働人員がA1人であったためにケアマネージャーとしての業務のほとんどをこなし、上司が実務的な知識に乏しいことからこれに対するアドバイスをしながら業務を行った、などと主張してAの業務が過大であったという主張をしました。そして、Aが51歳という年齢にも関わらず脳内出血を発症して死亡したのは上記のような過重労働による疲労蓄積が原因であると主張しました。
  • (2) 安全配慮義務について、原告は、長期間にわたり長時間労働を繰り返させ質的にも著しい疲労蓄積をもたらす過重な業務に従事させておきながら使用者としての勤務時間管理の一切をAに任せ、何ら使用者として果たすべき安全配慮義務を果たしていないと主張しました。
    具体的には上記主張のような過大な長時間労働をAに負担させており、このような長時間労働を防止するためにタイムカード等により労働時間の管理をすべきであったにも関わらず、適正な労働条件措置を取るべき義務に違反したといえること、さらには会社の定期健康診断によってAの高血圧症の既往症や投薬治療中であることは会社にとって判明している事実であるから、会社はAの健康状態に配慮して過重労働や夜間時間外勤務の軽減等の適正労働は①の措置をとるべきであったのにその義務を怠り、漫然とこれを放置した、などと主張しました。

2 被告(会社)側の主張

  • (1) 被告は、Aの労働時間については最大限の認定を行っても残業時間の合計は136時間48分に過ぎず、月平均で22時間48分にすぎない。またAの担当件数はいずれも介護保険法が定める基準を常時下回っていたし、Aの上司もケアマネージャーの業務を行うようになった他、Aの業務を補助すべく、被告会社のケアマネージャーとしては唯一パート職員を配置されていた。したがってAはケアマネージャーとしての業務の全てを1人でこなしたわけではなく、Aが単独で行ったケアマネージャーとしての業務は一部に過ぎない。このことから、Aの業務は過重なものとはいえず、Aの死因である脳内出血は、Aに糖尿病や高血圧症といった既往症があるにもかかわらず会社の事業とは無関係な多数の事業に参加したり、深夜にインターネット検索を長時間行ったりして時間を費やすなど食事や睡眠時間などの自己管理を怠った結果であるとして因果関係を否定しました。
  • (2) 労働時間管理を放棄したとの主張に対しては、単にケアマネージャーは利用者の都合に荒らせて業務を計画、立案、実行するという裁量が必要な業務を行っていることから、労働時間をタイムカードで確認することにはなじまなかったにすぎず、会社は厚労省の通達による「自己申告制」によりケアマネージャーの時間外労働を確認することは適切な措置であり、労働時間管理の責務は放棄していないと反論しました。
     また会社側は時間外労働の削減に取り組んで管理職にはそのための文書を配布して自己申告制の適正な運用を指示していた。Aの上司はAから時間外労働の申請がなく、会社から時間外労働をAに命じたこともなかったがこの点についてAは制度を知らなかったとしている。加えてAの上司はおおむね午後7時半には退勤していたところ、Aは3日に1回は上司よりも先に退勤をしており、夜勤について上司から宿泊を禁じられるなど厳重な注意を受けたにも関わらずAは反抗し受け入れなかった(あげく上司に黙って職場に出入りを繰り返していた)。このようにAは会社の制度や指示に従っておらず、会社に安全配慮義務の違反はないと反論しました。
     また、Aの既往症に関しても、会社としてはAの時間外労働について上司を通じて注意するなど黙認していたとはいえず、健康診断で以上が発見された場合には精密検査を行うこととなっているが、精密検査の結果についてはこれをAから検査結果の報告がなければ会社側は対応することが不可能であり、Aはこれを会社に相談、報告していいないことから会社に安全配慮義務は生じていないとしました。

第3 裁判所の判断

  • 1 まず裁判所は、Aの労働時間について、タイムカードが設置されておらず、出勤簿によって職員の勤務時間の管理が行われ所定の労働時間を超えて勤務する場合には職員から上司に申し出る方法がとられていたことから、出勤時刻や退勤時刻についての記録は行われていなかったとし、Aの労働時間は総合考慮によって判断するとしました。そして、Aが作成していたスケジュール表には、実際に行った業務や自分の行動が記載されたものと考えられ一定の信用性が認められるが、スケジュール表には業務の終了時刻が記載されていない日数が多数あり、記載されている業務の成果が業務記録として残っていない日もあることから、このスケジュール表のみによってAが午後11時まで勤務していたことを認定することはできないとしました。「○○泊」といったきさいについてもAのロッカーから宿泊に使用した備品等が発見されていることなどからA宿泊の事実を認定することができるが、A自身も仮眠を取っていたことなどを認めておりAの労働時間としては午前0時までとするのが相当とする一方、研修への参加を本人の意思に基づくものとすることはできず業務との関連性は強く労働時間とするのが相当と認定をしました。そして、厚労省は認定基準として、発症前1ヶ月から6ヶ月において時間外労働が45時間を超えれば超えるほど発症との関連性が強い過重な業務と評価することとしているところ、裁判所はAの時間外労働は発症前6ヶ月の平均で53.8時間に過ぎず、労働時間のみをもって過重な業務とはできないとしました。業務内容については、確かにAの業務の内容はAが基礎疾患を有していたことも併せると軽いものとはいえないとし、ただAの担当していた利用者数は介護保険法の制限の範囲内であるし、職務内容として一般的なケアマネージャーの業務の範囲を逸脱するものではなく、パート職員が途中から補助についたことも踏まえると過重な業務内容であったとはいえないとしました。そして、Aが休日あるいは休暇を取得した日に出勤して業務を行うなど不規則な就労形態を続けていたことは認められるものの、他方でAは多方面で私的活動を行っており、私的活動に充てる時間を確保しつつ本件事業所における業務時間を調整していたことが不規則な就労形態につながったと考えられ、私的活動の中心的なメンバーに属するなどしていたことも考慮すると、当該活動の負担は会社での業務と類似するほどのものであったといえ、Aの不規則な生活習慣が会社の業務が加重であったことによるものとはいえず、Aの発症と業務との間に因果関係は認められないとしました。
  • 2 このように本件では業務とAの死亡との間の因果関係が否定されてしまったため、会社側の安全配慮義務に関する判断を裁判所はしませんでした。

第4 まとめ

本件では、労働者の死亡と業務との間の因果関係が大きく争点となりました。その中で判断を大きく分けた要素としては、Aの記載していたスケジュール表通りに労働時間の認定がなされなかったことや、時間外労働の申し出をAが怠っていたことによりこれを原告側の主張する時間ほど長時間認定してもらえなかったことが挙げられると思います。
 仮にAがスケジュール表の記載を空白なくしていれば、裁判所が連日の労働時間をこのスケジュール表から認定していた可能性がありますし、時間外労働の申請も怠らずしていれば、正確な時間外労働の時間を示す客観的な証拠が残り、あるいは時間外労働が防止され症状が発症することもなかったかもしれません。
 このように、労働災害、とりわけ過労死などが問題になる場面では、日頃の記録がとても重要になることが多いです。労働環境に問題がある場合、業務記録とは別に、日頃から勤務の時間帯や内容を自主的に記録しておくことをお勧めします。